かってな語学日記

日本語、外国語、言語学、文字、その他いろいろな語学のこと

四季の語源

はじめに

 増井金典さんの『語源を楽しむ 知って驚く日常日本語のルーツ』(以下『語源を楽しむ』と略記)という本を図書館で借りてきて、少しずつ読んでます。タイトルを見て「日本語の雑学本かな?」と思ったけど、予想に反してしっかりと日本語の語源について書かれてる。「はな(花)」「あお(青)」「みず(水)」「まる(丸)」のような、とても単純な、ごく短い語の語源が非常に興味深い。例えば「まる(丸)」はman(満)が音韻変化を起こしman→maruとなったとか。

 こういう身近な言葉の語源について知れる本を探してた。この本はなかなか良い。余計なことは書かれてなくて、ただひたすらジャンル別に語源を説明しただけの本。何はともあれまだ読み始めたばかりなので、感想はここまでにしておいて、最初の章のコラムに書かれていた「春」「夏」「秋」「冬」と四季を表す言葉の語源が面白かったので、今回はとことん四季の話。

日本語の四季の語源

 『語源を楽しむ』によると「春」と「秋」、「夏」と「冬」でそれぞれ意味が対になっているらしい。

 「春」は田んぼに水をハル(=張る)ことから、「秋」は収穫が終わって田んぼがアク(空く)ことから、という風に説明されている。「春」のほうにはもうひとつの説として「木々の芽がハル季節」とも書いてあったけど、確かに「春」と「秋」で対応しているほうが納得がいきますね。

 「夏」は「あつい(暑い)」や「ねつ(熱)」などと同語源と思われ、「冬」は「冷ゆ」が音韻変化したというのが定説、とのこと。これも熱:冷で語源が対応していることになる。「夏」「暑い」「熱」が同語源というのはなんとなく感じるところだけど、「冬」<「冷ゆ」のほうは思いもよらなかった。

 それにしても「春」と「秋」、「夏」と「冬」で、これほどぴったりと語源的な対応があるのが驚き! 何気ない言葉の語源を探究する面白さはここにある。誰かが適当に決めたわけじゃなくて、今は忘れ去られてしまった元々の意味があり、意外なことに整然とした仕組みの元に成り立っていたりする。

 さらに面白いのは、その語源をいろいろな言語で比べること。するとまた、意外なつながりが見えてきたり、よけい謎が深まることもあるけど、面白いんですよ。

 印欧語の四季の語源

 印欧語とは印欧語族インド・ヨーロッパ語族)という系統に属す言語の総称。印欧語族はとても大きなグループで、調べてみると意外なところでつながっているということを強く実感できるので好きです。

印欧語の「春」と「夏」

 まずは「春」から。ロシア語のвесна{vesna}、イタリア語のprimaveraなど〈v〉が入るものは印欧祖語の*wesr̥に遡ると思われる。面白いのは、「夏」を表すリトアニア語のvasaraやスペイン語のveranoなども、同じ語源に遡ると考えられること! 昔はその区別がなかったんだろうか。リトアニア語のpavasaris「春」とvasara「夏」を見ると、「夏」から「春」が派生したっぽい。イタリア語のprimaveraも〈vera〉に〈prima〉を付けて派生させたような感じに見えるし、その辺りは「春」と「夏」が対応してて、日本語の語源とはまた違った対応になっているのが興味深い。

表1: *wesr̥に遡ると思われるもの
ロシア語 весна{vesna}
ポーランド wiosna
リトアニア pavasaris
アイスランド語 vor
スウェーデン vår
アイルランド語 earrach
ウェールズ語 gwanwyn
ラテン語 vēr
イタリア語 primavera
ルーマニア語 primăvară
アルバニア pranverë
ペルシア語 بهار {bahār}
ヒンディー語 वसंत{vasant}
リトアニア vasara
スペイン語 verano
ポルトガル語 verão
ルーマニア語 veră
アルバニア verë

 「春」と「夏」が対応している例はほかにもある。クロアチア語のproljeće「春」とljeto「夏」やブルガリア語のпролет{prolet}「春」とлято{ljato}「夏」などを見ると、これらは*wesr̥系列とは別の語源だけど、やはり「夏」から「春」のほうに派生しているように見える。印欧語族以外では、トルコ語のyaz「夏」に対してアゼルバイジャン語のyaz「春」だとか。

 もともと「春」と「夏」の区別などなく、一年のうち「暖かいほうの季節」と「寒いほうの季節」の区別しかなかったのでは? とすら思わせるこの不思議な対応について、前に何かの本で説明されているのを読んだ気がするのだけど、何の本だったか忘れてしまった。でもきっと何かあるんですよね。

 アイルランド語のearrachやウェールズ語のgwanwynが本当に*wesr̥に遡るのか、どうやってそんな風に変化したのかというのは気になる。出典はないけどwiktionaryによると同語源だと思われる。アイルランド語ではwがfになる変化を起こしていたり、ほかに印欧祖語のwが消失している語もいくつかあるので、そこまで変には思わない。ウェールズ語のほうは私にはさっぱりなので、誰か知ってる人がいたら教えてください。

印欧語の「秋」と「冬」

 「春」と「夏」が対応していて「秋」と「冬」が対応しているのかと思いきや、「春」と「夏」に比べると、「秋」と「冬」の対応はあまりハッキリしない。「冬」は同じ語源に遡ると思われる語が多く、印欧祖語の*ghei-という語根に遡る。

表2: *ghei-に遡ると思われるもの
ロシア語 зима{zima}
ラトヴィア語 ziema
アイルランド語 geimhreadh
ウェールズ語 gaeaf
アルバニア dimër
ラテン語 hiems
フランス語 hiver
ペルシア語 زمستان {zemestān}
チェコ語 podzim
アイルランド語 fómhar

 またしても、アイルランド語ウェールズ語はよく分からない。wiktionaryによると同じ語源になっているのでとりあえず、ここに置いておく。詳しく知ってる人がいたら教えてください。

 チェコ語のpodzimのpodは、英語だとunderつまり「下に」の意味で、チェコ語で「冬」がzimaなので、podzimは「冬の前にくる季節」だと解釈できる。アイルランド語のfómharも、詳しくは知らないけどどうやら「下に」+「冬」で「秋」という構成らしい。ほかの言語でもこういう対応があっても良いんじゃないかと思うけど、「秋」には別の語源をもつ言葉を使っている言語が多い。それだけ「秋」が特殊な季節だったのか…?

 ロシア語やチェコ語やペルシア語で語頭音が〈z〉となっているのはこの〈g〉が硬口蓋音だったから。簡単に言うと、印欧語族の中で、この硬口蓋音がkやgになった言語と、sやzになった言語がある。ロシア語やペルシア語などは後者。ラテン語アイルランド語は前者。ただしラテン語では〈h〉が入っているために、ただの〈g〉とは違った音に変化してgh>hとなった。たとえばhabēre「持つ」という動詞は印欧祖語の*ghabh-に遡り、英語のgiveと同語源。

 C.WatkinsのThe American Heritage Dictionary of Indo-European Roots, Third Editionによると*wesr̥の意味はspringつまり「春」で、*ghei-の意味はwinterつまり「冬」になっている。日本語だと「春」や「冬」という言葉自体に語源があって、それが「田んぼに水をハル」や「冷ゆ」から来ているということだったけど、印欧祖語の場合はどうなのか。いろいろな言語の「春」と「冬」がそこに遡ることはいいとして、じゃあそこから先は? 「春」や「冬」という概念にいきなり特別な語を与えたのか。どうして*wesr̥や*ghei-という音が選ばれたのか。気になる。同じように、日本語も「張る」の語源は?「冷ゆ」の語源は?とまだ先を求めることもできる。気になりだしたらきりがないですね。

おわりに

 とりあえず今日はここまで。しかし、ほかにもいろいろあるんですよね。書き足りなかった感はあるので、また続きを書きたい。いざ書こうと思ったら時間がかかりすぎて、一度にあまりいっぱい書けなかった…。「春」と「夏」がいつも対応しているわけでもないし、日本語と同じように「春」と「秋」、「夏」と「冬」が対応している言語もある。5つ以上の季節に分かれているところや、4つも季節がないところもある。表1でヒンディー語を出したけど、ヒンディー語だと雨期を表す語もあるので、四季ではないです。いろいろな季節を表す語のこと、もっとよく知りたい。

 毎週日曜日更新、と決めておいて2週連続で書けなくてすみませんでした。まだ作ったばかりだけど、ちょくちょくアクセスが入ってて有難いのに申し訳ない。