かってな語学日記

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スロヴェニア語のverjetiという動詞

 前回の記事で、スロヴェニア語の動詞verjeti「信じる」の現在形(1人称・単数)がverjamemとなる理由が分からない、と書いた。その理由が分かったかもしれないのでちょっと書く。

verjetiの構造

 結論から先に言うと、これはver-が「信じること」を表す語根で、-jetiが「取る」という動詞に由来しているのだと思う。語根は名詞や形容詞や動詞などを作るための「素材」のようなもので、これに接頭辞や接尾辞をくっつけて、様々な語を作っていく。たとえばロシア語ならвер{ver}という語根にいろいろな接尾辞を付けて、動詞верить{verit'}「信じる」、形容詞верный{vernyj}「信じられる」、名詞вера{vera}「信念」などが作られる。

 スロヴェニア語もふつうは意味の元となる語根に、名詞を作る接尾辞、形容詞を作る接尾辞、動詞を作る接尾辞などをくっつけて語が作られる。しかしverjetiの場合、語根verのあとにくっついているjetiは接尾辞ではなく動詞がくっついているから不思議だ。

 verjetiがverjamem, verjameš, verjame...と活用することからも動詞の本体がverではなくjetiであることは明らかだし、不定形には存在しなかったmが現在形に共通して現れるのは、スロヴェニア語のvzeti(現在形はvzamem, vzameš, vzame...)やprejeti(現在形はprejmem, prejmeš, prejme...)などとよく似ている。頭に付いているvzとpreは動詞の意味を派生させる接頭辞、残るeti, jetiが「取る」という意味の動詞で、これは古くからあったもの。ロシア語などほかのスラヴ語にも広く残っていて、『ロシア語動詞の構造』で解説されているять{jati}という動詞に間違いない。この動詞は、不定形で語根の*emが音変化を起こしているので、不定形にはないmが現在形に現れるという少し変わった活用をする。

 このことから考えると、verjetiという動詞はver-jetiという構造から成っていると考えられる。

古代教会スラヴ語のvěrǫ jęti

 もう一つ、verjetiがver-jetiという構造だと裏付ける証拠を、木村彰一『古代教会スラブ語入門』に見つけた。この本の巻末にある単語集によると、věrǫ jętiで「信じる」という意味を表すらしい。věrǫはvěra「信(ずること)」の対格、要するに目的語で、jętiは「取る」である。これを見た瞬間にハッとした! まさにこれじゃないか!? スロヴェニア語のverjetiはここから来ているんじゃないか、と。「信を取る」→「信じる」という言い方があったわけだ。スロヴェニア語のverjetiは昔あったそんな表現が徐々に融合して、やがて一つになったんじゃないだろうか。つまりver-が「信」、-jetiが「取る」を表しているのではないか。

 ただ、古代教会スラヴ語のこの表現が、そのままスロヴェニア語に受け継がれたのかどうかは分からない。「古代」と付いているけれど、英語に対する古英語のような関係とは違い、古代教会スラヴ語がロシア語やスロヴェニア語などになったわけではない。もしかしたら古代教会スラヴ語の影響なのかもしれないし、元々スラヴ人たちの間にこういう言い回しがあったのかもしれない。元々あったのならスロヴェニア語以外にほとんどその名残が見られないのが不思議なので、どちらかというと古代教会スラヴ語の影響なのかなと思う。

まとめ

 結局のところ語源を遡れるには限界があって、まだまだ調べたりないのだけど、少なくともverjetiが「信」+「取る」という組み合わせで出来ているのだということは、正解に近づけたような気がした。スラヴ語の動詞の不定形は、基本的に「語根」+「テーマ音」+「接尾辞」という構造になっている。そこで最初はverjetiがver-je-tiあるいはverj-e-tiのような構成をしているのかと考えたけど、どうもその可能性は皆無に近いことが分かった。それよりももっと納得のいく語源が見つかったので安心した。

 先週くらいから、そろそろスラヴ語の動詞の構造についての記事を本格的に書こうと思っているのだけど、なかなか書けないでいる。今回書いた記事のことも考えると、もうちょっと「分からないこと」を潰してから始めるのがいいかもしれない。次週何を書くかもまだ未定。ただ、十中八九スラヴ語の話にはなると思う。