かってな語学日記

日本語、外国語、言語学、文字、その他いろいろな語学のこと

スラヴ語動詞の構造 第2課 不定形の分類 (2)

第2課 不定形の分類 (1)の続き)

A3 語根がpまたはbで終わるグループ

 このグループに属す語はあまり多くない。『ロシア語動詞の構造』でも語根がbで終わる語しか触れられていないし、ほかの言語を探しても、あまり例が見つからない。しかしその割には言語間の隔たりが大きい。

ロシア語 грес-ти {gres-ti} < *greb-ti

 『ロシア語動詞の構造』によると、ロシア語では、まず不定形でbが脱落する。その後bの代わりに現れたsは、A1グループのнестиやвестиなどの影響による、とのこと。грестиの現在形はгреб-у {greb-u} であり、語根にbを持っていることが分かる。

ウクライナ греб-ти {greb-ty} < *greb-ti
ベラルーシ граб-ці {grab-ci} < *greb-ti

 ウクライナ語、ベラルーシ語では不定形にbが残る。もしかしたら深層構造*greb-tiのまま、最初からほとんど変化していないのかもしれない。しかし、おそらく両言語とも、ロシア語と同じように一度bが脱落したものと思われる。その後何らかの理由によりbが復活したのではないか。

 詳しく書くと長くなるのだけど、おそらくbが脱落するというこの現象は、かなり前、スラヴ語が文字で書かれるより前に起こっていた変化だと思われる。その頃はロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語は独立した言語ではなかったから、bが脱落するという特徴も共有されていたはず。そのあとでbが復活したと考えられる。たぶん、現在形の影響で。

セルビア црпс-ти {crps-ti} < *crp-ti
гребс-ти {grebs-ti} < *greb-ti
クロアチア語 crps-ti < *crp-ti
greps-ti < *greb-ti

 セルビア語црпсти/クロアチア語crpstiは、現在形(1単)がцрп-ем/crp-emであり、語根末にpがある。грепсти/grepstiも、現在形(1単)はгреб-ем/greb-emであり、語根末にbがあることが分かる。

 これもウクライナ語、ベラルーシ語と同じように一度p, bが脱落し、後に復活したと思われる。今見たように現在形にはp, bが脱落せず残っているから、不定形と現在形の辻褄を合わせようとして不定形のほうが変化したのではないだろうか(いわゆる類推)。しかし結局セルビア語/クロアチア語の音韻体系には合わなかったのか、さらに間にsが挿入されている。

 грепсти/grepstiでbがpに変わっているのは、音の変化を綴りに反映するセルビア語/クロアチア語の特徴。bの後に無声子音が続くので、同化してbも無声子音のpに変わる。

古代教会スラヴ語 te-ti < *tep-ti
gre-ti < *greb-ti

 古代教会スラヴ語では素直にp, bが脱落している。しかしやはり、現在形(1単)がそれぞれtep-ǫ, greb-ǫなので、語根末にp, bがある。

 ほかの言語では例が見つからなかったので省略。ここに書いた言語でも、これら以外の例はほとんど見つからなかった。元々このグループに属する語が少ないのだと思う。

 

A4 語根がstで終わるグループ

 このグループは『ロシア語動詞の構造』ではA5グループになっているのだけど、訳あって本来のA4グループを飛ばして、数字を1つ繰り上げている。詳しくはA7グループのときに。

 A4グループに属する語はたぶんこの例しかない。いずれも深層構造は*orst-tiである。

ロシア語 рас-ти {ras-ti}
ウクライナ рос-ти {ros-ty}
ベラルーシ рас-ці {ras-ci}
チェコ語 růs-t
スロヴァキア語 rás
スロヴェニア ras-ti
セルビア рас-ти {ras-ti}
クロアチア語 ras-ti
古代教会スラヴ語 ras-ti

 現在形ではいずれも語根末にstを持っている。語根にそのまま不定形語尾*tiを付けると*orsttiとなってtが続くので、2つのtが融合して1つになる。あるいはA2グループと同じようにtt>stという変化が起こり、その後でssがsに融合した。という風に『ロシア語動詞の構造』では説明されている。ロシア語以外でも同じ変化が起きているので、この変化はこれらの言語が分かれる前、共通スラヴ語の時代に起きたものなのだろう。

 ポーランド語でこれらに対応するのはrosnąć。語根は同じだけど構造が違う。

 

補足1 共通スラヴ語について

 どんな言語も昔からずっと今のような形をしていたわけではない。ロシア語やポーランド語などスラヴ語派としてまとめられる言語たちは、スラヴ祖語というたった1つの言語に遡ると考えられる。もとは1つの言語だったのが、だんだんと地域差が大きくなり、また民族の独立とかも関係したりして、別々の言語に分かれていった。

 スラヴ祖語がまだ共通性を保っていた時代の、特にその末期の言語を共通スラヴ語という。この時代に起きた変化は、その後のロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語、ポーランド語、チェコ語…etc.と分かれていった言語すべてに受け継がれることになる。例えばA2グループにおけるtt>stの変化A3グループにおけるp, bの脱落A4グループにおけるstt>stへの短縮など。

 一方、共通スラヴ語の時代が終わると、それぞれの言語は違う特徴を持って発展していった。すべてのスラヴ語に共通ではない変化は、それぞれが後の時代に発展させていった特徴だと考えられる。例えばA1、A2グループにおけるポーランド語のs, z>ś, źという変化A3グループにおけるp, bの復活A4グループ*orst-tiのorの反映の違いなど。

 それを含めて考えてみると、またちょっと面白くなるかな…?

(次の記事へ続く)