かってな語学日記

日本語、外国語、言語学、文字、その他いろいろな語学のこと

スラヴ語動詞の構造 第2課 不定形の分類 (3)

第2課 不定形の構造 (2) の続き)

A5 語根がkまたはgで終わるグループ

 このグループは、語根末の*k, *gが不定形語尾の*tiとくっついて、少し特殊な変化を起こす。この*kt, *gtという音連続が表層構造でどんな子音に反映されるかによって、さらに細かく分ける。

 ほかのグループと違い、語根末の子音だけでなく、不定形語尾の*tiも変化するところが特徴的。

ロシア語 печь {peč'} < *pek-ti
мочь {moč'} < *mog-ti
スロヴェニア peč-i < *pek-ti
moč-i < *mog-ti

 ロシア語、スロヴェニア語では*kt, *gtがčになる。このčは、日本語で言うと「チャ・チュ・チョ」みたいな音。ロシア語では軟音記号のьが後につき、スロヴェニア語ではiが後につく。

ウクライナ пек-ти {pek-ty} < *pek-ti
мог-ти {moh-ty} < *mog-ti
ベラルーシ пяч-ы {pjač-y} < *pek-ti
магч-ы {mahč-y} < *mog-ti

 ウクライナ語、ベラルーシ語ではまずgの発音が変化している。キリル文字のгはロシア語ではgだけど、ウクライナ語、ベラルーシ語ではhになる(しかし英語のhや日本語のハ行とはまた別の音)。

 ウクライナ語ではkt, gt (→ht) がそのまま残り、ベラルーシ語ではそのまま残る場合とčになる場合の2パターンがある。ベラルーシ語のмагчы {mahčy} という動詞を見ると、gが変化したhと、gtが変化したčが同時に存在しているので、たぶん一度čに変化したあとhが付け足されたんだろうと思う。ウクライナ語も同様に一度čのような音に変化したあとで、k, hが復活したんじゃないかと思うけど、詳しいところは自分にはよく分からない。

ポーランド piec < *pek-ti
móc < *mog-ti
チェコ語 péc-t < *pek-ti
moc-t < *mog-ti
スロヴァキア語 piec < *pek-ti
môc < *mog-ti

 ポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語では*kt, *gtがcになる。このcはドイツ語のzweiやイタリア語のgrazieなどのzと同じ「ツ」の子音。その後につくチェコ語、スロヴァキア語のt, ťは、おそらく*kt, *gtがcに変化したあとで付け足されたもの。その証拠に、同じく語根に*ktを持っていた名詞の「夜」を表す語は、ポーランド語でもチェコ語でもスロヴァキア語でもnocになる。

 チェコ語には-tのほか-iで終わる不定形がある。口語と文語の違いなのか? 『ニューエクスプレスチェコ語』にはmoctが口語、mociが文語で載ってるんだけど、ほかの動詞に関してもそういう違いがあるのか、もうちょっとよく調べたかったけど間に合わなかった。これ以上更新を空ける訳にはいかないので、この件は一旦保留。

セルビア пећ-и {peć-i} < *pek-ti
моћ-и {moć-i} < *mog-ti
クロアチア語 peć-i < *pek-ti
moć-i < *mog-ti

 セルビア語、クロアチア語では、*kt, *gtはćという音になる。『スラヴ語入門』によると、ポーランド語のćと同じ音らしい。セルビア語、クロアチア語では「行く」を表す動詞ићи/ićiにもこの音が出てくるということは、A2グループのときにすでに説明したとおり(→ 第2課不定形の分類 (1) )。

古代教会スラヴ語 pešt-i < *pek-ti
mošt-i < *mog-ti

 古代教会スラヴ語では*kt, *gtがštになる。*k, *gがšに変わったと解釈すべきなのか、*kt, *gtがštに変わったと解釈すべきなのか迷う。

 古代教会スラヴ語を表記していたグラゴル文字やキリル文字では、šやtを表す文字とは別に、štを表す文字があった。また、古代教会スラヴ語の音韻体系について、木村彰一『古代教会スラブ語入門』では、šとštを軟子音、tを硬子音に分類している。この辺りの事情から、上の表ではpešt-i, mošt-iのようにštまでを語根とし、不定形語尾のtは語根の*k, *gと合わさってštに変化した、という風に解釈した。

A6 語根がrまたはlで終わるグループ

 語根末にr, lがあると、不定形では「母音重複」あるいは「音位転換」という現象が起こる。

ロシア語 у-мере-ть {u-mere-t'} < *u-mer-ti
моло-ть {molo-t'} < *mel-ti
ウクライナ у-мер-ти {u-mer-ty} < *u-mer-ti
моло-ти {molo-ty} < *mel-ti
ベラルーシ па-мер-ці {pa-mer-ci} < *po-mer-ti
мало-ць {malo-c'} < *mel-ti

 ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語では「母音重複」が起こり、r, lのあとに母音が付け足される。母音とr, lの組み合わせによって、深層構造も*er, *or, *el, *olの4パターンあるのだけど、全部例を載せると煩雑になるので、ほかのグループと同じように2例だけ(*erと*el)にした。

 *erの場合は後にeが重複してereとなるけれど、*elの場合は本来eleとならずに、なぜかoloになる。『ロシア語動詞の構造』によるとこの原因はよく分かっていないらしい。ベラルーシ語で*elがaloとなっているのは、アクセントのないoがaと発音され、それが綴りにも反映されるため。

 また、ウクライナ語、ベラルーシ語ではなぜか*erの場合だけ母音重複が起きずに、erのままになっている。erだけ変化が起こらなかったか、あるいは変化が起こったあとerだけ元の形に戻ったか、どちらにしても奇妙である。

ポーランド u-mrze < *u-mer-ti
mle < *mel-ti
チェコ語 u-mří-t < *u-mer-ti
mlí-t < *mel-ti
スロヴァキア語 u-mrie < *u-mer-ti
mlie < *mel-ti
スロヴェニア u-mre-ti < *u-mer-ti
mle-ti < *mel-ti
セルビア у-мре-ти {u-mre-ti} < *u-mer-ti
мле-ти {mle-ti} < *mel-ti
クロアチア語 u-mrije-ti < *u-mer-ti
mlje-ti < *mel-ti
古代教会スラヴ語 mrĕ-ti < *mer-ti
mlĕ-ti < *mel-ti

 そのほかの言語では「音位転換」が起こり、r, lと母音の位置が入れ替わる。簡単に言うと*er, *elはre, leになる。しかし、ただ入れ替わるだけでなく、母音が変化したりするので、深層構造と表層構造を比べると、かなり違う印象を受ける。

 上の表では*er, *elの場合を例に出した。例を省略した*or, *olの場合も母音と子音の位置が入れ替わるはずだけど、実のところ、 そうなる例をちゃんと探して確認したわけじゃないので、ハッキリとはいえない。しかし名詞の例は確認しているので、*or, *olを語根にもつ動詞があれば、やはり「音位転換」が起こるはずである。

 

 何かいつにも増して説明的になってしまったような。ここまで不定形の分類について書いてきて今更だけど「もっと分かりやすく書けるんじゃないか」「ここは余計かもしれない」「ここはもうちょっと説明を加えるべきか」などなど思う所があるので、どこかで加筆・修正したい。

(次の記事へ続く)